年の瀬も迫り、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
私が働いている学習塾では、受験前の緊張感が漂っています。
緊張感だけだとストレスがたまるので、
安心感をベースに緊張感をつくりだすことに気を使う時期でもあります。
今回は、塾では毎年ある「受験校をどこにするのか?」という悩みを
ある学習塾教室長の視点からお話ししようと思います。
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ある学習塾のA室長は、高校受験前にして、一人の女の子Bさんのことで悩んでいた。
入試まであと10日程度。最終志願変更まであと3日。
直前に行ったプレテストの点数から考えると、
第一志望のX高校に合格する可能性は、10%に満たないと予測される。
しかし、可能性は0(ゼロ)ではない。
第二志望のY高校はほぼ確実に合格できるだろう。
この学校に対しても嫌ではなく、まずまず気に入っている。
しかし、「X高校に行く!」と友達に宣言してしまった手前、後に引けない様子。
どちらか1校しか受験はできない。
私立高校の併願をとっているが、「そこは行きたくない」と言う。
いろいろと私立を探して回ったが、Bさん成績で届く範囲では
気に入る学校はなかったので、「保険」として渋々受けたのだ。
プレテストを実施したその日は、Bさんと親御さんと別々に、
厳しい現状と今後の可能性について話しをした。
その日、Bさんは「明日までに考える」と答え、
母親は「第二志望にしても、それから頑張ればいいと思っている」と答えた。
翌日、Bさんと再面談をすることにした。
その日のA室長の日記にはこう書かれている。
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それは本当に相手の自由意思に任せていいのかい?
「無限の可能性を信じる」ことは素晴らしいことだけれど、
「1%でも可能性があるのならそれを信じる」ことは素晴らしいことだけれど、
リスクの高いことにチャレンジする相手に、それをするのは、
「無理・無謀」と紙一重だよ。
相手が、すべてを自己の責任で判断できるのならいいんだ。
「自己責任」をとれる範囲での「可能性の追求」なら。
ただ、子どもたちは、すべてを自己の責任で判断できるわけではないんじゃないか?
高校受験をする中学3年生は、まだ15歳なんだよ。
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A室長は、一日中考え続けたという。
今までの3年間のBさんとの関わりを思い浮かべながら。
翌日、A室長はBさんと話をした。
保護者とはすでに話はついている。
結果ありきの面談だった。
1日経って、今の気持ちを聞いた。
すると、
「X高校を受けます!」
この時、A室長の心に衝撃が走った。
「意地」よりも「意志」を感じた。
彼女はいろいろと考えての決断なのだろう。
最悪のことも想定したうえで、その可能性も飲みこんで下した決意なのだろう。
「……、うん。……、よく言った。頑張ったなぁ」
言葉を探る。率直な彼女には、率直に話をしよう。
ゆっくりと、いつもより少し低めのトーンで、A室長は話し始めた。
「よく言ったね。いろいろ考えた結論なのだろうな。
小さくても、ゼロではない可能性に懸けるというのは、
大人でもなかなかできないことだよ。
よく頑張ったから、今回は、ここまでにしないかな?」
Bさんは、表情を変えない。
A室長はさらにゆっくりと、丁寧に話を続けた。
「実は、親とも話し合って、Y高校にするように伝えようと決めて、ここにいるんだ。
Bさんの意思は尊重したいし、Bさんの持っている可能性も信じている。
今、Bさんが“X高校を受けます”と言ったときは、
強い意志を感じたし、私も心が少し動いたよ。
可能性がゼロではないからね。
ただ、テストの結果からは、非常に厳しい」
Bさんは、表情を変えない。
こうなる事を予測していたのだろうか?
A室長は続けた。
「私も迷ったんだ。だから皆に聞いてみた。Bさんにとって最善の選択は何だろうと。
そうしたら、周りの皆は同じ意見だった。
ご両親も塾の先生も学校の先生も、
今まで頑張ってきたんだから、ここは勇気ある撤退をしようと」
Bさんが少しうつむく。
「Bさんの能力は信じている。今も成長しているし、これからもっと伸びるよ。
だから、もしあと1カ月余裕があれば、受かる可能性の方が高いかもしれない。
けれど、実際には、あと10日なんだ」
一息つく。
Bさんは、動かない。
「お母さんと話したんだ。今は、危険な崖に向かっているようなものだとね。
いくら子どもの意志を尊重したいと思っていても、
危険な崖に向かっていく子どもに自分の好きな方に進めと言うだろうか?」
Bさんは首を軽く横に振った。
「それはない」とつぶやく。
「Bさんの決断は間違っていないと思う。
その結果どうなろうと、自分で選んだのだから、
その結果を受け入れる責任感もあると信じている。
同時に、まだ15歳なんだよね。
大人が偉いわけでも大人が常に正しいわけでもないんだけれど、
生きてきた中での経験の差ってあると思うんだ。
少なくとも、受験に関してはBさんは初めての経験だろうし。
だから今回は、
Bさんは勇気を持って頑張ったから、
だから、Y高校にしよう。
逃げではなく、勇気ある撤退として」
Bさんのほおに一筋の涙が通った。
その後、Bさんに今の話を聞いてどう思うのか、感じたのかを聞いた。
すると、少しほっとしたという。
本当は、Y高校に下げたかったけれど、
友達の前でX高校に行くと言ってしまった手前、引けなかったのだと。
不安から解放された安ど感と、悔しさ、やるせなさ、安らぎ、解放感、
などの感情が入り混じり、涙が止まらなかった。
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これは、コーチングではありません。説得です。
しかし、一見一方的には見えますが、Bさんの気持ちに配慮して
優しく語りかけたA室長の言葉は、Bさんに届いたようです。
コーチングでは、相手の可能性に焦点を当てます。
可能性は無限大だと信じることから始まります。
ただし気をつけたいことは、その可能性は、「事(こと)」の可能性ではなく、
「人(ひと)」の持つ可能性に焦点を当てるということです。
Bさんの可能性を信じるなら、
「合格する」という「事(コト)」の可能性ではなく、
「Bさんはどちらを選択しても上手くいく、成長できる」という
「人(ヒト)」の可能性を信じるということです。
私はこのことに気付くのに大変時間がかかりました。
それに気付くまでは、可能性を否定しないという思いが
足かせになることも多々ありました。
A室長、Bさん、ありがとう。
追伸:
A室長のこの判断が正しかったかどうかはわかりません。
むしろ、どの道を選んでも正しいのかもしれません。
ただ一つ言えることは、高校生になって半年も経たないうちに、
「Y高校に入って良かった!」
とBさんが笑顔で話してくれたこと。
その言葉に、A室長は救われた気持ちになったということです。
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